●コンクールレポート●
「第5回全日本アマチュアギターコンクール」 主催:全日本アマチュアギターコンクール実行委員会 |
8月22日・三鷹市芸術文化センター(風のホール)にて開催された、2004年〈第5回全日本アマチュアギターコンクール〉は次の結果となりました。
1位・椎野みち子
2位・小川敬
3位・永井寛彦
次点・日方薫子
Verde賞・末積武
特別賞・中津川久夫
他に森本素子、初川智行、糸坂直志、池端広幸の4名の方が本選に選ばれました。
今年の特長はテープ審査における譜読みの間違いが大幅に減少したことで、これは大きな成果と言えると思います。
68名中、明らかな間違いをされていた方は3名だけでした。従って課題曲のカルカッシ〈パストラール〉は“自然な歌わせ方”という部分での競い合いとなりました。
緩やかなテンポでミスなく演奏された方には残念な思いをされた方もいると思いますが、丁寧でも歌の息づかいが感じられなかったり、テンポの揺らし方が性急ないし極端に過ぎた演奏には、審査員の評価は辛くなりました。
最終予選バッハの〈ブーレ〉(リュート組曲第1番)は、曲の流れを維持できるかが先ずポイントでしたが、舞台の緊張の中でミスのない完全な演奏をすることはたいへんだったと思います。
予選通過者の中にも小さなミスはあったのですが、これらの方はそれを曲の流れに大きく影響させなかった、その一瞬の空白を最小限に抑えたということになります。
もう一つ、この曲は2つの声部の流れからつくられていますので、左手の押さえを和音のように考えてしまわず、それぞれの声部がよく繋がって流れているか、そのバランスが適切かということも評価の基準となりました。
なお、この曲の声部を弾き分けるための練習方法を、今回審査を務めた藤井敬吾さんが〈現代ギター10月号〉に紹介されていますのでご覧ください。
本選は10名の方の熱演となり、審査では審査員が1人づつ演奏について感想を述べ、それぞれの意見はありましたが、全員の了解を得た上で、最初に掲げた順位と受賞を発表することとなりました。
以下に本選10名の演奏の模様を、一部審査員の意見を含めた〈実行委員会〉によるレポートとして演奏順に掲載いたします。
■日方薫子:大聖堂より第2、3楽章(バリオス)
全体にとても安定した演奏で、明快な発音と音色の魅力を備えた人である。音楽も恣意的なところがなく妥当だが、今一つ歌の表情に惹きつけるものが欲しいところ。
最終予選〈ブーレ〉はやや軽快さに欠けたが、安定度と音色・発音に優れていた。〈本選〉もローポジションから開始された第2楽章〈アンダンテ〉はたいへんクリアな響き。しかし歌の流れが少し重く単調に感じられるのは予選と同じ印象だ。付点8分+16分に続く4分音符の和音がハッキリしないのは何故だろうか。
〈アレグロ〉はややゆっくりめのテンポで、多少の音抜けはあるが概ね安定しているといえる。大袈裟な抑揚をつける曲ではないにしても、やはり歌の起伏が聴こえてこない。
わずか一瞬の立ち止まりは惜しい。中間のスラーをともなうパッセージが連なる部分は説得力があってよかった。ということは他の部分も流れの良さの中に、もう少しアクセントを効かせても良かったのではないだろうか。
■森本素子(長野):アンダンテとポロネーズ(コスト)
第2回のコンクールで3位入賞の実績を持った人。〈本選〉の選曲と演奏は意欲的だが、速めのテンポで流れがよくかつ安定度も高かった〈最終予選〉に比べ、ややその力を出しきれなかったようだ。
自由曲のコストは昨年の本選でも弾いた人がいたが、魅力的であると同時にまとめるのが難しい曲という印象。グリッサンドなどに気持ちを込めロマンティックに歌わせようとしているのがよく分かるが、細かい装飾的な音形の完成度は充分でなく、この曲はそのようなメカニカルな部分にキレ味がありかつ軽々と弾けないと、メロディックなところの歌や叙情が生きてこないように思われる。
転調もちょっと唐突だし、テーマに戻るところのカデンツァの前辺り止まってしまったように聴こえてしまったりと、構成がまとまらなかった。コーダはちょっとどもったように聴こえてしまったが、テンポアップして曲を締めくくろうとの気持ちはよく伝わった。
■末積武(東京):メヌエットOp.11-5、6(ソル)
とても音楽によくのった演奏ができる人だと思う。最終予選〈ブーレ〉でもテンポ感がよく、やや目立つミスがあったにもかかわらず〈本選〉に選ばれたのは、その部分に好い印象を残したからなのだろう。しかし〈本選〉の〈メヌエット〉では、軽快な〈ブーレ〉とはまた違った、優雅さのようなものが欲しかった。
〈ニ長調〉のメヌエット後半では一瞬の立ち止まり弾きなおしがあったし、音の不発もいくつか。〈イ長調〉の冒頭でも弾きなおしがあったりと、傷はないにこしたことはない。またメロディーラインがハッキリ浮き出てこないのは、呼吸が浅くタメが少ないからではないだろうか。
ということで完成度には欠けるものの、前述のようによくのった音楽には、演奏を楽しんでいる様子がよく感じられて好感度が高かった。
■椎野みち子(神奈川):バーデンジャズ組曲より第1、3曲(イルマル)
〈本選〉ではたいへん魅力的な歌を聴かせ、常に音楽を前面に出していこうとするよさを持っている人だ。
〈最終予選〉から落ち着きのあるセンスの良さを示していたが、ややおとなしくほんの一瞬の音間違いがあった。しかし〈本選〉ではより力を発揮し、予選になかった強い説得力が伝わってくる。本選だからということでカタくなったり萎縮してしまう場合も多々あるが、この人の場合は緊張感を、充分力を出しきるというよい方向に向けられたようで素晴らしいことである。非常によく歌い、音楽に対する強い共感を持っているのがよく分かる。
問題はボサノヴァのリズムを刻む速い部分で、本人はよく音楽にのっているようだが、聴いている方としてはちょっとリズムがよく掴めない。とくに最初の曲ではそれが気になった。しかし弾き進むにつれそれもあまり気にならなくなったのは、推進力と曲を弾き切ってしまう表現意欲があったからだろう。
■初川智行(埼玉):大序曲(ジュリアーニ)
豊かな響きで雄大な音楽をつくろうとの気持ちが感じられる人である。楽器もよく鳴らしていた。最終予選は安定度が高く、順当な通過だったのだが〈本選〉の〈大序曲〉は残念ながら粗かった。
〈序奏〉でちょっと押弦ミスがあったのが影響したのか、〈アレグロ〉の最初で気負って崩れてしまい、それが後々まで尾を挽いたようだ。途中アルペジョのテンポがかなり遅くなってしまう部分があるので、あるいはテンポ設定や練習の仕方に問題があったのかもしれない。立ち止まってしまわずなんとか繋げたのは良かったが、いずれにしてもこのような古典の作品でテンポが安定しないのはマズイだろう。
また〈最終予選〉でも少し気になったのだが、やや音色がメタリックすぎるように思う。〈アレグロ〉最初の躓きがなければどうだったか、ということでぜひもう一度聴いてみたい。
■糸坂直志(北海道):ヘンデルの主題による変奏曲(ジュリアーニ)
音も音楽もかなりしっかりしたものを持っている人。〈最終予選〉からクリアな音色と流れのよさを聴かせ、〈本選〉のジュリアーニも、明快なテーマを引き継いだ〈第1・2変奏〉あたりまでは快調だったのだが、次第に安定を欠いたのは何故だろうか。
〈第3変奏〉はスラーが力んで発音や押弦が不安定になり、押弦間違いや不発音などが散見される。〈第4変奏〉のリズムの刻みは軽快で良かったが、速いテンポで弾かれた〈第5変奏〉にはやはり何か気分の変化が欲しい。
その後は走ったりやや縺れが出たりと前半の良さを維持できなかった。後半の練習量が充分でなかったのか、練習方法に問題があったのか、あるいは何かの躓きが引きがねだったのか、よいものがあるだけに、やはりまた聴いてみたい人である。
■永井寛彦(長野):祈りと踊り(ロドリーゴ)
難曲をよく弾いたということが先ず評価される人である。しかし難曲だけに細部における審査員の見方もまた厳しくなったようだ。
〈最終予選〉は少々の音抜けがあったものの、流れも表情も自然な音楽で力量あるところを示した。〈本選〉ロドリーゴは、細かいパッセージやスケールなどかなりよく弾けており、掻き鳴らしのアップダウンなども上手いのだが、冒頭ハーモニックスの低音や、随所に現れる〈ファリャ〉の引用がよく聴こえなかったり、パッセージの変わり目や旋律が再現するところなどにもっと間が欲しかったりと、注文も多くなってしまう。〈踊り〉は軽快でテンポ感もあって心地良かった。
全体によく弾いたという評価だが、そこには難曲であることの〈ギタリストの側からの好印象〉も加味されているので、そこにとどまらず今一度妥協のない譜読みを徹底するという厳しさは求められるかもしれない。しかしともかくは健闘を大いにたたえたいところだ。
■中津川久夫(静岡):スペインセレナーデ(マラッツ)、熊蜂(プジョール)
昨年も本選に選出され、充分力を出しきれなかったものの1位に推す審査員もいた。歌心があって、曲に対する思いを素直にギターで表現できる人である。
〈最終予選〉は慎重になったためかやや躍動感や流れの良さに欠けたが、正確な押弦を心がけた演奏。〈本選〉の方がのびのび弾けていたようである。自分のペースで曲をコントロールし、強さとかハデさ、切れ味などはないが、表現したい気持ちがそのまま音になっている感じ。従って小さなミスや音のカスレがあってもあまり気にならない。
〈熊蜂〉は低音の明確さとかアルペジョの快速を求めればキリがないが、キチンと音を出しておりある程度の評価には繋がったろう。細部の詰めに問題はあるが、今回も1位をつけた審査員がいたし、当日の審査講評における「曲に対する愛情が手に取るように分かり、その面では1位にしてもよかった、プロとして見習わなければ…」との言葉はこの人の演奏のすべてを物語っているだろう。
■小川敬(神奈川):シンプルエチュード第10番(ブローウェル)、深想(バリオス)
一昨年時間超過で失格ながら最高点を得、昨年は僅差の2位ということで、アマチュアとしてはかなり弾ける人である。
〈最終予選〉は参加者中最もテンポが速く、無難で目立つミスこそないがやや落ちつきと足が地についた安定を欠いた。
〈本選〉も例年に比べちょっと元気がなかった。ブローウェルでは音符のグルーピングが不明瞭で言いたいことがよく伝わらない。この曲を最初に置いたことは結果的にマイナスになった。
〈深想〉は得意とするトレモロがたいへん美しく歌われたが、深い感動に誘うまでには至らなかった。1位に推した審査員も何人かおり、完成度・安定度という点では椎野を上回っていたようだが、このコンクールが求める〈ギターが好きであることが全面に出ている演奏〉〈弾くことを楽しんでいる様子がよくわかる演奏〉といった点があまり感じられなかった。
また技術的なことでは、左を拡張する部分で音程が不確かという指摘があった。たまたま今回は何か乗りきれないものを残したようだが、ぜひこれからも最高のアマチュアを目指してギターを愛し続けて欲しいものである。
■池端広幸(石川):リュート組曲第2番よりプレリュード(バッハ)、パイパー大尉のガリアルド(ダウランド)
豊かな音量とタッチ、端正な語り口が持ち味の人である。昨年は1位に推す審査員もおり、高いレベルの中での3位を得た。
〈最終予選〉は得意の前古典ということで明瞭な発音と音楽。〈本選〉も楽器の中で聴いているように豊かにギターが響く。落ち着いた曲の運びと妥当なアーティキュレイションには、テンポが安定しすぎていてやや単調な感じもあるのだが、淡々とした流れはバッハの格調ある雰囲気によく合っている。上位は間違いなしと思われたが、バッハの演奏ではしばしば起きることながら、終盤で一瞬の度忘れからやや先へ飛ぶという痛恨事があって入賞を逃した。
もう1曲のダウランドは舞曲らしさを考えると、淡々とした演奏が少し気になるが、これはバッハのミスでやや気持ちをそがれたこともあるだろうか。しかし大きな長所と確かな実力を備えた人なので、再度の挑戦を期待したい。
記:高橋望
■ 本選出場者10名
■ 講評を述べる藤井敬吾審査員
■ インタビューに答える昨年第1位の加納英夫氏